ブラザーズ珈琲物語7

ブラザーズ珈琲物語7

少年J君の記憶2
翌日、J君はブラザーズ珈琲に来た。高校1年というから未だ15歳か16歳だっただろう。色の白い美少年であったが、高校一年生の一学期は通学したが、二学期から行かなくなってしまったそうだ。兎に角、翌日から店に来るように決まった。

翌朝時刻に合わせて、一人で店に来た。何だか不安そうで落ち着かない雰囲気だった。多分、何故自分が来たのか?何故両親は此処に来させたのだろうか?一体此処で何をするのだろうか?きっと不安がいっぱいだったのだろう。まともに目と目を合わせることはなかった。私もその頃はコーヒー事業だけではなく、太陽光発電の販売会社も始めていたので、J君に付きっ切りという訳にはいかなかった。しかし、朝礼だけは必ず守ることにした。

全社員と言っても3人か4人である、一人一人の表情、服装、顔色、健康状態などからその日のコンデションは手に取るように分かった。朝礼と言っても大体5分間、長くて10分間程度であった。当然ながら、親御さんから依頼された者として殆どの関心はJ君のみであった。他の者は3年間も大体同じことを、毎日やっているのだから、何の心配もなかったがJ君だけは何とか1人前になってほしいと願っていた。

ところが、1日目から目を疑うような状況だった。狭い8畳間位の事務室で全員起立し、私の訓示と指示事項を受けるのである。当然みんなは立ったまま、休めの姿勢で聞いている。ところが、J君はまっすぐに立てなかったのだ。足は前後、方は入れ肩、顔は斜めで横目の上目使いでこちらを睨んでいる。おッとー、これは半端ないぞぉーと感じたものだった。

でも、直ぐに、直感的に分かってきたものがあった。素直に心を開く事が出来ない状況ではないだろうか。言いたくても言えないことが心の中に抑圧されているのだろう。しかし、言うべきことは言わないとここに来た甲斐はなくなってしまう。傷付けてはいけない、静かにゆっくりと諭した。起立の姿勢は真っすぐである、話をする、話を聞く時は相手の顔を向いて目と目を合わせて心の交流をする。当たり前のような指示であるが、本人にとっては初めて聞くことのようであった。又、何故このようなことを言うのだろうかと言わんばかりである。

あくる日も、同じ状態であった。腰が曲がり真っすぐ立てないのである。私は不思議に思って個人指導をしたがどうしても真っすぐに立てなかった。真っすぐにすると腰や背中が痛いという。これは困ったことだ事は重症だと感じた。心の状態が体に表れていたのだった。ではどうした良いか。私は教育者でもなければ、心療内科の医者でもない。困ってしまったが、ふとアイデアが浮かんだ。リラックスだ。これは命令や強制、規則では正常化できないと感じた。

それから、細かいことを言うのはやめて、明るく、楽しく、肯定し出来る、出来る、何でもできる。やってやれないことはない。そのようにして約半年が過ぎた。その頃になると、こちらが指示したことは殆ど完璧にこなすことが出来るようになった。しかし、このころだっただろうか。時々遅刻が目立ってきた。遅刻はいかんぞ、出社時刻の30分前を目標に家を出発せよ。と指導したものだったがなかなか治らなかった。せめて、遅刻しそうなときは報告するように指摘した。すると毎日電車の中から遅刻の報告が入った。困ったものだと思いながらも暫く様子見ることにした。 

  もう午前0時だ。そろそろ寝るとするか。  つづく

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